「Goldberg Invariant」
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数学SF、数学とメタ数学、地図作成
元ネタは「ゴルトベルク変奏曲( Goldberg Variations )」と保存量( Invariant )。(「What is the Name of This Rose?」)
もしわれわれには認知出来ない数学(パラ数学)が存在したら?
地図作成の要素はゲーム由来か?
地図作成&交易ゲーム『THE ATLAS』
「( ATLAS )^3」
迷宮探索RPG『Wizardry』
もしそのパラ数学が物理とリンクしていて、パラ数学が台頭するに伴って世界が変容したら?
ホルヘ・ルイス・ボルヘス「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」
グレッグ・イーガン「ルミナス」
円城塔作品では「内在天文学」が直接的に近い
他には「良い夜を持っている」
真偽を塗り替えていく、というモチーフには2状態セルオートマトンが見える
特に、ラングトンの蟻が近いか
冒頭「美都久幾能〜」
江戸時代末期の越後の僧侶,良寛の短歌.全文は「みづくきの跡も涙にかすみけり在りし昔のことを想ひて」
父の句「朝霧に一段ひくし合歓の花 以南」の左隅に小さく添え書きされていたもの.“みづくき”とは筆跡のこと.父の遺した書き物を見ながら,生前の父を思い出している.良寛は名主の長男として生まれ,裕福だったのだが,若い頃から愚鈍と放蕩で知られ,しかも突如出家するなどの親不孝を重ねた.
良寛全集 下
https://dl.ndl.go.jp/pid/1669761/1/74?keyword=みづぐき
良寛の詩歌百選
https://dl.ndl.go.jp/pid/12456731/1/103?keyword=みづぐき
以南は俳人として著名な人物で,小林一茶とも交流があった.
p.78, l.2「霧島梧桐」
綴りはGodoh Kirishimaであり,物語は姿を消した霧島を待つ,という構成を持つ.ここから,サミュエル・ベケットによる戯曲『ゴドーを待ちながら』が由来であることが強く示唆される.また漢字は歌人,河東碧梧桐からの借用か.さらに,計算機というモチーフからは物理学者・計算機科学者の後藤英一や,計算機科学者エドガー・ダイクストラによる有名な論文"Goto statement considered harmful"(「Goto文は有害であるように思われる」)も連想されるが,これらはやや飛躍の気配が強い.
p.78, l.2「GRAPE64」
元ネタは東京大学大学院総合文化研究科で開発された、重力多体系専用計算機GRAPEシリーズ
重力は宇宙系の守備範囲ではあるが、そもそも人類が初めて発見した複雑系とは重力多体系である三体問題であった
重力に限らず、中心力ポテンシャルによる多体系を扱う計算機ではある
余談だが、『栄光なき天才たち』の原作者としても知られる工学者、伊藤智義の博士論文は、初期GRAPEシリーズの開発に関するものである
p.78, l.5-8「戦役の推移の概観については、〜」
ある分野の創始者がジャーナルでその分野の特集を監修し、執筆した総説記事がその分野の教科書代わりとなって大学院生の必読文献になる、というのはあるある
少なくとも、物理学や数学ではあるある
なお,Review of Modern Physicsは実在する雑誌.アメリカ物理学会(American Physical Society, APS)が発行する査読誌で,その名の通りレビュー論文誌.Physical Review Letter, Physical Review A-Eに並んで最も重要な物理学誌のひとつ.
PRLは最も重要な結果を掲載するレター誌.レターだけで通常論文が掲載されないこともしばしば.
PRは分野別の通常論文誌.
p.78, l.9「サンクトペテルブルク線」
第二次大戦の独ソ戦における激戦地、レニングラード(当時)からか
のちほど、人類の戦線として環太平洋線、五大湖線も挙げられている。いずれも水域に面しているが、水域とパラ数学との間の関係性は不明
p.78, l.10「ゴルトベルクの名を冠する定理の数は、おおよそ一年半に二倍の割合で増加を続けているという事実」
経過時間に対する半導体の性能の向上率を指摘した経験則、ムーアの法則のもじり
「ムーアの限界」というのは、ムーアの法則には量子力学や熱力学による適用限界があることを指す。本作では、これを転じて、ゴルトベルクの名を冠する定理の数の増加率はいつか鈍るはずだという意味で用いている
後述のマーゴラス-レヴィティンの定理のほか、ランダウアーの原理によっても制限される
p.78, l.17「PからNP領域へ」
文脈から、計算複雑性理論におけるクラスであるPとNPのことであろう
(計算複雑性理論の定義)
(P、NPの定義)
NNPは意味不明?
通常の数学(ZFC)であれば、余集合の余集合が元の集合であることは自明
逆に、NNPが非自明であるなら、排中律を採用していないことを示唆しているか
NPは「多項式時間で解くことができるという証拠が存在する」というクラスなので,この延長であるNNPは「多項式時間で解くことができるという証拠が存在するという証拠が存在する」というクラスを意味しているとも取れる
こちらも無限後退の気配がして非常に円城塔らしい読解
p.79, l.2-4「警告を発する者の多くが、既にその戦闘展開規模と速度に追随できなくなった退役研究者であることは皮肉を伴う。」
プランクの原理として知られる諫言を踏まえたもの
(科学史的な検討も行う)
p.80, l.1「セイタカアワダチソウじみた戦略」
(セイタカアワダチソウの生存戦略)
p.80, l.4-「当時の戦闘は非道く長閑なものだった.我々には機械支援なしでプログラムを組み立てる時間が与えられていたし,〜」
発表当時は何気ない記述だったかもしれないが,コーディング能力が人間を軽く凌駕するようになってからは,大変強い実感を持って納得させられる
p.80, l.7-8「カスケード的に数千の定理を一気に生成して〜」
あるひとつの要素から,わずかに異なる差分や“子供”が生成され,それらがさらに異なる差分や“孫”を生成させて急速に増殖する様を,物理学およびその周辺分野ではカスケードと表現することがある
私が知る実例では,素粒子物理学におけるものがある.ある粒子が崩壊して娘粒子を生み出し,それがさらに崩壊を繰り返す現象をカスケードといい,その崩壊粒子の集まりをカスケードシャワーという.
また,このカスケードのイメージは,カントール集合によく似ている.カントール集合は再帰的なアルゴリズムによって生成可能であり,フラクタル構造の代表としても知られる.
p.80, l.10-11「非道く単純であるが故に生じえたものは,複雑化してしまった事象の中から生み出される機縁を持てない.」
ウルフラムによるオートマトンのクラス分け,およびウルフラムのテーゼを強く意図している.
(ウルフラムのオートマトンのクラス分け再掲)
(ウルフラムの提唱再掲)
(複雑すぎると意味を失う)
(実例1, エデンの園定理)
(実例2, 3 唯一の父問題)
p.82, l.15「書かれることを拒む記号列の抵抗.」
作中ではこの着想を“滑稽である”として棄却しているが,円城塔作品には,書くことによって失われてしまうことへの執着がしばしば見られる.『Self-Reference ENGINE』のSelf-Reference ENGINEがそもそもその好例.
p.83, l.1-5「私は私の書く物自体を欺かなければならないらしい〜」
ここから続く林檎という文字云々という話は,ゲシュタルト崩壊を指しているか.あるいは,単に病的な妄想癖のことか.
p.83, l.14「結局私にはこういう形でしかこの現象を伝えることができなかった.」
本作の記述が錯綜し混乱しているように見えることについての,語り手による言い訳.
(本作が必要に迫られて混乱しているのかどうかについては,この論考で考察する)
p.84, l.3「春の雨があがり,宇宙が晴れ上がる.」
前半部分は一般的な語用であり,その出典は不明だが,後半部分は宇宙論における“宇宙の晴れ上がり”に由来している.
宇宙が誕生してしばらくの間,宇宙は高エネルギー状態にあり,低エネルギー帯では結合しない電子と光子が結合してしまうことで,光が直進出来ない状態にある.宇宙の膨張とともに宇宙が冷えていき,電子と光子が脱結合(decouple) し,光が直進出来るようになり澄み渡っていく時代のことを,宇宙の晴れ上がりという.
“霧”によって遠方の情景が遮られて観測出来なくなる,という作中の描写は,この宇宙の晴れ上がりを前提としていることを強く示唆する.
p.84, l.7-「私たちにはキャサリンA,キャサリンB,キャサリンCとそれぞれ名前がつけられている.〜」
同じ姿をした同じ名前の存在が大量に存在するのは,ジョン・ヴァーリイ「バービーはなぜ殺される」との関連が指摘される.バービー(Barby)に対してキャサリン(Catherine)という字面も連続性を示唆する.
p.85, l.5「この番組は,キャサリンAの提供でお送りしています.」
初期円城塔によく見られる,突然のギャグ.
p.85, l.7-12「原初の渾沌を凝っと睨んで,〜」
古事記に由来する記述.
(古事記の記載箇所を引く)
p.85, l.13-17「太初に言ありき,言は我らと供にあり,言は我らなりき.」
新約聖書に由来する記述.古事記の国産み神話と混ざり合い,新たな神話を構成している.
p.86, l.1-7「私たちの仕事は,砂嵐を許々袁々呂々と掻き回して,〜」
古事記の記述を熱力学・統計力学的に解釈し直し,熱力学・統計力学に基づくもっともらしい現代神話を構成している.
特に,のちに「ガベージコレクション」で主題として扱われる情報熱力学が色濃く出ていることに注目したい.
物理学者にとって、熱力学は神話に近いかもしれない。熱力学は全宇宙・全時間に対して常に成り立つ最強の法則であり、人智を超えているという感覚がある。
p.87, l.14-「私たちの一日の大半は,〜」
観測事実を持ち合い,解釈を提案しあい,評価し合うという行為は,科学の本質である.「パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語」の末尾にも,同様の記述が見られる.
ところで,ここでキャサリンたちが行っている行為は,今私が円城塔作品に対して試みていることとほとんど同じである.ここではなぜキャサリンたちがやたら多く存在するのだろうか,これは円城塔が好きだというヴァーリイ「バービーはなぜ殺される」に類似していないか,類似しているとすればそれはどのような意図が背景にあるのだろうか,そもそも作者の意図を考慮するべきだろうか,など.
p.89, l.16-「鹿を爪のようなものとしたために引き裂かれたキャサリンがおり,〜」
観測と解釈を通じて,対象を何らかの形に“確定”することによって.キャサリンたちは世界を平定しようとする.ここには,地図作成と交易を目的としたデジタルゲーム『THE ATLAS』シリーズの影響が見える.また,デジタルRPGの元祖『Wizardry』の影響も同時に指摘される.
また,“鹿を爪のようなものとしたために”というのは,しかつめらしい(鹿爪らしい)とかけたギャグか。ただし、なぜしかつめらしいと引き裂かれるのかについては不明。
p.89, l.12-14「それはキャサリンAの形を持ち,キャサリンAであるかのように動くだけのキャサリンAにしかならないことが知られている.」
ダック・ゲーム.円城塔作品には,この手の話が頻出する.
p.90, l.11-12「私たちはボーズ粒子ではありえないから.」
キャサリンAとキャサリンBのそれぞれを中心とする同じ半径の円を完全に重ね合わせられないことに対する言明.これは定義より直ちに従う。
この世の物質を細かく分解していくと,あるところでそれ以上分割できないような微粒子に還元される.そのような微粒子を素粒子といい,素粒子は物質を構成するフェルミ粒子(フェルミオン)と,物質間に働く力を媒介するボーズ粒子(ボソン)の2種類に大別される.
(フェルミオンとボゾンの具体例.)
このうち,ボーズ粒子は同じ座標にいくらでも詰め込むことが可能であることが知られている.このような現象を,ボーズ-アインシュタイン凝縮という.
一方,フェルミ粒子はボーズ-アインシュタイン凝縮を起こさない.つまり,同じ時刻に同じ座標を占めることができない
(漱石のsame spaceの話)
キャサリンは物質から構成されるので,キャサリンはフェルミ粒子の集団である.したがって,キャサリンは同じ時刻に同じ座標を占めることはできない.
キャサリンがアルファ粒子である可能性はあるが、キャサリンがアルファ粒子であると確信出来る記述が作中で確認出来ないため、キャサリンはフェルミオンだと仮定してよい
p.91, l.1-10「例えば象を冷蔵庫に入れる冗句は,〜」
前半は有名なジョークをそっくりそのまま説明しているもの.常識的には無茶苦茶なジョークであり,ルールはあると言えばあるが無茶苦茶である.
後半は,そんな無茶苦茶なルールが罷り通り,ルールに穴があればたちまちつけ込まれるという話をしている.自然法則が法律のように策定され,運用されているというような気配がある.
自然法則において可能なことは必ず実現されるものであり,実際にそれは自然界で観測されうるし,われわれはそれを利用することが出来る,という物理学者が暗黙に共有している自然観が背景にある.
この自然観は正しい.正しくなければ,工学という体系が存在しえない.
p.91, l.11-12「霧の向こうからピンク色の象が現れて私の横を通り過ぎ,〜」
ピンク色をした象は,飲酒や錯乱によって正気を失った人間の見る幻覚の代表例としてよく用いられる.ここでも,観測者が正気を失っていることの象徴として登場しているものとしていいだろう.
スタニスワフ・レム『ソラリス』で語り手が自身の正気を確かめていることとの関連も指摘される.のちの「バナナ剝きには最適の日々」では語り手が発狂しているらしいことにも注意したい.
円城塔作品は,語り手の正気を自ら検証することが多い.これはただ気狂いを出して面白がっているのではないと擁護したい.実験物理学者にとって,実験の様子を観測する観測装置が正常に動作していることを確認することは最も重要な仕事である.かつて,CERNにおいて,巨大な実験装置のうち,たった数本のケーブルが数cmたるんでいたことが原因で,標準模型を大きく外れる想定外の実験結果が観測されたことがあった.
p.93, l.8-10「「国立国語学研究所,異世界からの攻撃を受ける」〜」
キレキレのギャグ3連発.
p.94, l.7「時事「モスクワ攻囲最終段階へ.円周率,3.75へ上昇」」
前後はまたもやパワーワードの連発.それにしても,円周率は定数であり,変動することは(常識的には)ありえないだろう.しかしそれが起こってしまっているので,物理学者としては円周率は変動するものと認めざるをえない.数学者がどう考えるかについてはまったくもって不明である.
ところで,ディラックは,晩年に執着した大数仮説という妄想的主張において,あらゆる物理定数は実は時間変動していると主張した.本作の情景は,このディラックの大数仮説の数学定数への拡張として捉えられる.
p.95, l.4「例えば円周率が3.8度線あたりで拮抗している〜」
朝鮮戦争の停戦ラインで,北朝鮮と韓国の国境線となっている北緯38度線のこと.初期円城塔には,このようなやや不穏なギャグもよく見られる.
p.95, l.5-6「要するに円周率は何らかの収束していく数列の極限と見ることも可能であり,〜」
正しい.
(有利数列の極限として無理数を定義するときの説明)
p.95, l.8-10「当然円周率なんていうものは,収束する数列というだけには留まらず,全分野全方位的に支えられている怪物なので,〜」
円周率は正規分布にも登場するので,あらゆる自然現象の背後にあると言って差し支えないだろう.
(正規分布の定義)
何らかの概念について,それと関連のあるもの同士で“支え合っている”という図式は,「ムーンシャイン」と共通する.
p.97, l.3「「勿論.必要にして充分なことだと思うね.」」
梧桐のセリフ.数理科学において、“必要にして充分”という主張(同値であるという主張)は非常に強い主張であり,人の面前でこの主張をすることは,お前は同値関係すらわからない馬鹿なのか?というニュアンスがこもる.つまり,梧桐と私の議論がヒートアップしていることを示す.
p.98, l.11「「帰結は明らかだ」」
“私”のセリフ.このセリフは,自明な議論を相手が理解してくれないときに発する.つまり,自分の説明が悪いのではなく,お前の頭が悪すぎるのがいけないのだ,という強い非難とともに匙を投げている.
p.100, l.5-10「私たちと同じような知識を持ち,〜」
円城塔作品に頻出する,演繹的な言及の現れ.
直後にある,運動方程式云々という話は,複雑系の考え方の現れ
p.101, l.6「私たちは一を七に,〜」
本作の進行はキャサリン128を追跡する語り手の経路をなぞっていることが明かされる
p.103, l.15-「そんなにむきにならなくとも,〜」
ここからしばらく,両立不能な2つの事柄を同時に追い求めたい,という話が続く.これは排中律の否定であり,先に披露されたNNP領域なる意味不明な記述とも関連するか
p.107, l.3-4「武田騎馬軍団の六文字を映像で置き換えるのに必要とされるリソースは考えるだに気が遠くなる.」
その通りという話なのだが,のちに兵馬俑がモチーフの「文字渦」を書くことや,小説の優位性として物語の高速探索が可能な点を挙げることを考えると,これは円城塔がその初期から一貫して同じ主張を繰り返していることの証拠でもある
p.107, l.15-17「「例えば,全宇宙の素粒子の数に匹敵する数の火星人の侵略とか.〜」
先の話の変奏ではあるが,ここではフレーゲ-ラッセルから始まる言語哲学の議論に接近しつつある
p.108, l.11-「既にして充分蓄えられるだけ蓄えられて手付かずにいる自然言語コーパスと,定理自動証明理論.そいつらを一緒くたにかき混ぜて〜」
現在のLLMの作り方そのもの.数学に関しては,おそらく難易度と需要の小ささが原因であまり大きな発展は見られなかったが,直近になって急速な発展が見られた.ただし,定理自動証明理論や定理証明支援系を用いたものではなく,あくまでも通常のLLMの延長として得られた
p.109, l.8「そいつらに内面があるのかどうかという深遠くさい問題」
いままさに問題になっているもの.
p.110, l.5「「お前にもそうしてきた記憶があるだろう」
キャサリンたちがその誕生直後から過酷な“世界”に投げ込まれてあるのに対して,“私”は親の庇護下で積み木や粘土などの適度な刺激を与えられて成長してきただろう,という問いかけ.
これは発達の過程を複雑系として捉えようという研究を背景としているか
複雑系の研究者は,子供の発達を見るのが好き.
p.112, l.17「これは私たちに与えられた言語コーパスの癖」
キャサリンの1人の独白.LLMの構成方法とその解釈として正しい.
LLMは,宇宙エレベーターに関する文章を学習することで,“宇宙エレベーター”という単語の前後に配置されるべき単語の確率分布を獲得する.
p.113, l.10-17「この円柱や〜」
そのまま読めばいい.
p.117, l.10-11「今の数学が成長する以前に存在し,今の数学に圧倒されて滅亡の淵に追い込まれた萌芽的論理構造.」
作中では,このような現在の数学とは異なる数学のことを代替数学と呼んでいる.
確かに、数学にも人間の認知機構、さらに言えば人間の脳神経構造に由来する偏りがあるかもしれない
通常の数学ではあまり意識されないが、数理論理学では数学が成り立つための条件の探索が進んでおり、このような心配はかなり払拭されているように思う
のちの「ニュー・ナンバーズ」にも関連する
代替数学の探索は、可能なすべての数学の探索の一環と言える
この立場からすれば、このような探索は、可能なすべての経路の探索を試みる解析力学や、可能なすべての生命の探究を試みる理論生物学、可能なすべての文字列の考察に取り組む円城塔の姿勢と一貫している
p.115, l.14-「私たちは岩壁から仏を切り出している.〜」
ガベージコレクションっぽい
バーミヤンの石仏か?
p.117, l.6「こんなこともあろうかと」
宇宙戦艦ヤマト
p.118, l.1「夜久毛多都〜」
記紀において、スサノオが詠んだとされる歌。『古今和歌集』仮名序によれば、日本最古の和歌とされる。
現代神話としてのSF
p.119, l.5-「思いつきとは全く恐ろしいものであり,〜」
デカすぎる算盤を作ったはいいものの,デカすぎて何にも使えなかったという話.
デカすぎるものが滅ぶのは自明とも言える.恐竜とか.この節の冒頭にあった,恐竜のくだりはこれを意識して先んじて置かれたもの.
デカすぎるとダメである,という話は確からしいが,ウルフラムのテーゼとは相反する気配がする.
要検討
p.120, l.15-17
ラマルク、ルイセンコ、ケストラー
ラマルクは獲得形質の遺伝を主張した生物学者.
ルイセンコは標準的な科学的知識に基づかない擬似科学的な独自の農法,ルイセンコ農法を創出し,強力に推進したソヴィエトの生物学者・農学者.ルイセンコ農法によってソ連の農業生産は壊滅し,のちのソ連崩壊の主因になったとする説もある.
ケストラーは哲学者・小説家.生物学に関する著作もある.著書『第十三支族』を発表したのち,妻と共に自殺.還元主義についての論考があるらしい.要確認
p.121, l.12-13「人間は額に命令文を記述してやることで、巨人を操ることが可能である。」
ゴーレム
p.121, l.14-15「電子回路で構成された百手巨人」
要確認
p.121, l.16-17「計算できるものは全て計算できるのだ.〜」
直後に“恒等的であるが故に間違われようがない”とある通り,この命題は自明に常に真である,つまり恒真命題である.
続く話は,明らかにチャーチ-チューリングのテーゼを指す
p.122, l.2-4「実際のところ,自然を支配する方程式が知られたとして,それを実際に計算することができるとは限らない.〜」
この主張は正しい.ある現象が数学的に記述できたとしても,それが数学的に解くことができないということも十分考えられる.また,“正確に解く”という正確さの精度にも依存する.摩擦や空気抵抗を無視した理想的な系では慣性の法則に従って等速直線運動を行う物体を正確に記述することもできるだろうが,現実的な系では非常に困難である.
p.122, l.6-「大半の方程式は解を持つ.〜」
可積分性の話,あるいはローレンツアトラクタ.
数学的か物理学的で言えば,円城塔はどちらかといえば前者の方を想定していたらしいことが読み取れる.
エドワード・ローレンツによるローレンツアトラクタの発見のエピソード.計算機は積分を扱えず,差分によって積分を近似する.差分だからいいかと思って精度を下げたら,そこにカオスが現れた.
p.123, l.1-6「GRAPE64は〜」
GRAPEの話は正しい
p.123, l.7-8「そこに何かの法則があり,〜」
複雑系の話
一方で,大野克嗣は,何らかの方程式で書けるような系は真に複雑ではないとして,複雑系研究を批判している
p.124, l.6-7「全てをあるがままに./あるがままが全て.」
前者は複雑系のモットーであるとよく誤解されるもの
田崎晴明は最悪の知的怠惰であるとして厳しく批判している
https://haltasaki.github.io/writings/html/kuroki/comp.html
後者はそれのもじり
p.125, l.2「雷撃を発する鼠」
無論、ピカチュウのこと
p.126, l.1-「私は今,ゴルトベルクを名乗っている.〜」
物語の配列について、要検討
これを配置と言い換えれば、直後のエデンの園配置にも関連していく
p.127, l.6「エデンの配置」
エデンの園配置のこと
p.128, l.6「テラヘルツの領域」
計算機のクロックを指すか
不確定性関係でクロックの上限が定まるという話は、マーゴラス-レヴィティンの定理として知られる
p.132, l.16「独りでは、そう永くは保たないだろうね。」
かっこいい
#『Boy's_Surface』